「学び直し」の研究を進めるにあたって、とくに中学校1年では「中1ギャップ」の問題を避けて通ることはできません。「中1ギャップ」について現状を把握しておく必要があると考え、以下に記した先行研究・先行実践事例を参考にしながら研究を進めています。
中1ギャップと算数・数学の授業について
中学校第1学年の授業改善に既習の学習の「学び直し」を取り入れた授業を提案するには、まず念頭に置いておかなくてはならないのは、算数・数学における「中1ギャップ」の問題である。
井上(2008)は、当初この問題を考えるときに算数・数学の内容をどうつなぐかという「カリキュラムづくり」、授業方法をどうつなぐかという「授業研究」の2つを柱に研究を進めればいいと考えていたが、それほど簡単なものではなく、そこには次のような原因や課題があると述べている。
@ 小学校と中学校の「学校の文化」で相当の乖離がある。おそらく、教員の「授業観」(教材研究の実質)や「子ども観」「学ばせ方観」で相当の違いがある。
A 小学校6年間と中学校3年間の学習内容やカリキュラムの接続表ができたから、接続に関する研究が進むわけではない。
B 小学校と中学校の教員が小5〜中2の授業を共同で検討しながら、小中の接続研究を進めることは有効であると考えるが、これが容易に進まない。そこには@の問題がある。
C 「学校の文化」の違いの背景に、中学校教員が抱える「高校受験(進路指導)」と「部活指導(生活指導)」がある。
D 「中1ギャップ」問題に、算数、数学の指導(「授業内容」「内容構成」「学習方法」・・・)と思春期の成長・発達の課題を重ねながら実践研究を進める必要があるのではないか?現状ではほとんど取り組まれてはいない。
E 中学生のメタ認知(「わかる」と「できる」、「間違い」の自己分析)、自尊感情・自己肯定感、教室の他者のまなざし、自信等についての研究の必要性。
F 日本の学校教育は、義務教育の最後の3年間である中学校教育をどう作るかという課題に取り組んでこなかった。受験のための数学ではなく「市民的教養としての数学」とは何かについて本格的に議論を進める必要がある。
G 「生活知/経験知と概念知(科学知)を架橋する」(里見実 2005)を見据え、「市民教養としての算数・数学を構想したい。」試行錯誤で「たまたまできた」から「なぜ、できたのか」「どうすればできるのか」を探らせたい。
井上(2005)は、これらの課題の解決に当たって、算数・数学の教材系統の検討はもちろんのこと、カリキュラムの見直しや中学校教員の授業観の転換、高校受験や部活動の指導の見直し、管理職の見識・イニシアティブ、校内研究体制、教育委員会の指導性、地方大学のサポートの質などが問われると述べている。
平成17年に、文部科学省の委嘱によりベネッセコーポレーションが実施した「義務教育に関する意識調査 中間報告」(2005)では、“算数・数学の時間がどれくらい好きか”という質問に対して、小学校6年生では55.0%が肯定的(とても好き/まあ好き)に回答しているのに対して、中学校1年生では28.5%と、算数から数学への変化によって学習意欲を低下させている生徒が非常に多いことを指摘している。ちなみに、同じ質問に対する他の主要教科の反応は、・国語…小6/46.0%→中1/39.9%
・社会…小6/51.8%→中1/53.2%・理科…小6/52.9%→中1/54.5%
であり、他教科と比べても学習意欲の低下が著しいことがわかる。
井上(2005)は、さらにこの結果を教育社会学者の酒井朗をリーダーとするグループによる「学校適応度」の調査結果と重ねて考えることで、中学1年生の数学の授業・指導の問題性が浮かび上がってくると述べている。「学校適応度」に関する調査報告では、「学習意欲」「対教師関係」「級友関係」について、中学1年の2学期から中学2年にかけて低下する傾向にあり、この時期の生徒の学校適応度の難しさを指摘し「中1ギャップ」の一つの断面であるとし、これまでの中学校の数学の授業では、数学に限らずこうした思春期固有の特徴や発達課題が考慮されてきたとは言い難く、「ひと」として自立していく営みと「生活知/経験知と概念知(科学知)を架橋する」営みを重ね合わせながら、中学校数学の授業やカリキュラムの接続、授業の方法・形態が考えられなければならないと述べている。最後に井上(2005)は、学年が上がるほど正解主義・結果主義になっていくことから中学の数学教師の「授業観」の見直し・転換の議論と小中教員の意識の乖離や学校文化の違いを乗り越える方途を探る必要性について言及している。
引用文献:
井上正允(2008)「小学校算数と中学校数学の接続に関する研究(1)」
数学教育論文発表会論文集 41, 321-326
「中1ギャップ」と「学び直し」の必要性について
WEBサイト「きょういくじん会議」(http://kaigi.edublog.jp/023C073D/)では、「移行措置により、すでに新学習指導要領に基づく指導が先行実施されている中学校数学科では、学習内容の増加への対応だけでなく、算数から数学への様々な変化に対する不適応によって引き起こされる、いわゆる「中1ギャップ」への対応も大きな課題になっている。」として、前述の「義務教育に関する意識調査 中間報告」(2005)を取り上げ、算数から数学への変化によって学習意欲を低下させている生徒が非常に多いことを指摘している。このことを受けて「きょういくじん会議」では「学び直し」の重要性を指摘している。具体的には、学習内容の系統性がはっきりしている算数・数学科では、従来から関連の既習内容を単元の冒頭で復習するような指導は重視されてきた。そういった意味で今後は、知識や理解にかかわる課題だけでなく、上記のような学習意欲にかかわる課題にも目を向ける必要があるとして、次のような「学び直し」の例を挙げている。 |